人気ブログランキング |

地形学の視線で見たこと,感じたこと


by kumakuma1103

<   2019年 08月 ( 2 )   > この月の画像一覧

三永の石門

上三永から田万里へ下る二号線のところ。
わからんのが,初代(明治〜昭和30年代)から二代目に変わった時期。
田万里のヘアピンカーブが対面だった時代は,
多くの事故が起きたことが想像されますね。
昭和30年代は交通量が少なかったが,
それ以降は,高度経済成長期になって
車の数が増えたんでしょうね。
二代目から三代目の変更は昭和53年のこと。
ただし,西行きの道は,対面走向の二代目を使うことに。
すなわち,純粋な三代目は東行の道と,二代目と三代目をつなぐ高架部分。
西行きは登りのためスピードがでにくいので,
ヘアピンカーブがある二代目の道を使うことを考えたのでしょう。
三代目は二代目の南側につくったので,西行きを二代目に使おうとすると
2度三代目をまたぐ必要があり,高架によって越えています。
トラックがちょうど高架の上をとおっています。
ちなみに左上に,近世の山陽道跡もちらっと写っています。
日本の道400年の歴史ですな。古代と中世はしらん。
d0179225_00065445.jpg
d0179225_00083243.jpg



by kumakuma1103 | 2019-08-13 00:14 | 広島の地理・地形

上根峠の空撮

d0179225_11021335.jpg
d0179225_16440307.jpg
上根峠の空撮。北に向かって撮影。手前の根の谷川(a)は細い谷に対して,簸ノ川の谷(b)は谷幅が広い。
根の谷川は手前に向かって流れて,太田川に合流し広島平野で海に注ぐ。
一方,簸ノ川は写真奥に向かって流れて,江の川に合流し江津で日本海へ注ぐ。
簸ノ川の広い谷が突然終わるのがおかしい。写真中央右側に黄緑色の平坦面(c)がみられる。
これが,昔の簸ノ川の河床の跡。根の谷川の侵食力が強いので,どんどん簸ノ川の流域がなくなっている。

「争奪の肱」と呼ばれるところが,河川争奪の最前線。高低差が大きいので,まだまだ根の谷川は侵食することができる。


by kumakuma1103 | 2019-08-11 11:19 | 広島の地理・地形