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地形学の視線で見たこと,感じたこと


by kumakuma1103

消えた一里塚の謎

2014.5.27追記
「上州中山道の地形散歩(上毛新聞社刊)」で
このあたりのことを書いているので
ご覧ください.
群馬県内の公立図書館で所蔵しています.

2012.1.6追記
その後の調べで初期中山道が上里町金久保を通って
玉村経由であったことがわかったので,
以下の記事は不正確です。



ブログではあまり学術的ではないことや,
自分自身きちんと確かめておらず
論文にすることができない内容も思い切って
書けるのがいいですね.

今日は少し確かめていない話をかきます.
d0179225_21512618.jpg


主要な街道沿いには,
その道がはじまる地点から一里ごとに,
一里塚という小高い丘が
旅人の距離の目安として
置かれていました.
例えば,高崎から烏川をこえたところにある藤塚(だるま市の少林山の対岸)には,
中山道の一里塚がきちんと残っています.
その写真はかなり前のブログにアップしています(こちら).
さて,その藤塚の一里塚は江戸日本橋から28番目のものとされています.
すなわち,日本橋から112kmというわけ.
ちなみに倉賀野宿の北の外れにも一里塚が当時あって
それは26番目の一里塚にあたっていました.
27番目の一里塚は高崎宿内にあったようですが,
早くからなくなっていたようです.

さて,ここからが謎な話になります.
まず,本庄の東にある傍示堂には,
21番目の一里塚が当時あったとされています.
そうすると,倉賀野と傍示堂間は,
26-21=5里(=20km)離れていることになります.
ところが,実際の中山道のルートをたどると,
倉賀野と傍示堂間は約16kmしかないのです.
そうなると,一里塚の数が実際の距離とあわないことになります.

こんなことは,学術的な話題ではないので,
学術誌とかには載っていないと思います.
(面倒なのできちんと確かめたことはないです)
しかし,中山道を歩く方のホームページをみると,
このことを疑問に思う方が多いらしいことはわかります.
ただ,この区間における一里塚と距離の齟齬について,
納得のいく説明をみたことがありません.


で,僕がはじめてだとおもうのですが,
合理的な解釈を書きたいと思います.
まあ,先にあげた地図をみれば,
一目瞭然ですね.
中山道を制定した江戸時代初頭,
玉村経由が中山道だったのです.

都合の良いことに,玉村経由だと,
倉賀野と傍示堂間は20kmになるんですね,これが.
新町経由の中山道のルートとの差は4km,
偶然にも一里塚1本分にあたります.


なぜ,いままでこの解釈がでてこなかったかというと,
本庄の西にある万年寺と次の勅使河原に
きちんと一里塚跡が記録として残されているからだと思います.
ただし,新町宿が,烏川と神流川の間の市として
栄えはじめたのが江戸時代が始まって50年ぐらい.
宿場として正式に制定されたのは,1724年頃といわれています.
新しい宿場だから,新町宿なんですね.
と考えれば,万年寺と勅使河原の一里塚は新町宿へいく途中にあるので
新町宿が成立してからできたと考えるのが筋だと思います.

僕の解釈の問題点は,
玉村経由の道がどこかわかっていないことが挙げられます.
まあ,平野地形における街道の原則を考えれば,
烏川右岸の埼玉県側は自然堤防上のど真ん中の道.
左岸の玉村からは例幣使街道であろうと推測できます.
地図に引いた道はそうやって引いたものです.

さて,僕の解釈が正しければ,
玉村経由の道に一里塚跡らしきものが残っている可能性があります.
地図の白抜きの星は,距離的にこのあたりに一里塚が必要というところに
にあたります.ちなみに赤色の星は文献(分間延絵図)や
現地に一里塚の記録が残っているところです.

昨年,そういうものが残っていないだろうかと
大学院の授業やら,個人的にフラフラ歩いてみましたが,
江戸時代の初期にすでに使われなくなった一里塚ですから,
まあ,あるわけがない.
なので,僕の説が絶対ただしいとはいいきれませんが,
僕の説だと,一里塚の数と距離に矛盾が生じない
という大きな強みがあります.


ちなみに,1982年に群馬県教育委員会文化財保護課が編集した
歴史の道調査報告書「中山道」には,玉村経由のことが載っていません.
少なくとも中山道制定後50年ぐらいはこちらがメインだったと思うので,
なんらかの記述が必要だったのでは思います.
ただし,群馬県史には,初期中山道は玉村経由と書いてありました.



ところで,この玉村.
今はさほど大きな町ではありませんが,
世が世なら高崎をしのぐ都市になっていたのではないかと
思っています.
その話はまた別の機会に.

by kumakuma1103 | 2011-01-26 21:51 | 街道・用水と地形