地形学の視線で見たこと,感じたこと


by kumakuma1103

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今年最後の投稿です。

上州名物「かかあ天下と空っ風」の
「かかあ天下」を
少し考えたいと思います。

「かかあ天下」のいわれについては
以下のことが言われています。
江戸時代から昭和初期にかけて、
群馬県では,養蚕織物業が盛んであったこと,
それには女性の労働が大きくかかわっていた。
その結果として,女性であっても多くの収入があるので,
夫に対して従属的にならずにいたから
「かかあ天下」が上州名物とされているようです。

ちなみに,wikipediaによると,
「かかあ天下」は、「女性(妻)に頭が上がらない男性(夫)」とか「妻の尻に敷かれている夫」と取られがちだが、そうではなく、上州の男が自分の妻を感謝・尊敬し、
自慢する意味で「ウチの母(かかあ)は天下一」という意味を持っている。
と書いていますが,どうだか。ちょっと違うと思います。

で,僕の仮説はこれ。
「群馬県では,結婚後も,妻の実家と妻の関係が深いことが,
「かかあ天下」が上州名物になった」


この仮説は,
僕が群馬に住み始めて
4年が過ぎましたが,
いろいろな人から家族の話を聞いた結果
思いついたものです。

1.A君の事例
 お父さんは新潟,お母さんは群馬出身。今は母親の実家すぐ近くに家を買って住んでいる。姓は父親の姓。

2.Bさんの事例
 お父さんは島根,お母さんは群馬出身。母親の実家から少し離れたところに家を買って住んでいる。姓は父親の姓

3.C氏(夫)の事例
 自身は広島出身。妻が群馬出身。ずっと広島に家族で住んでいたが,40代のころ,一家全員で前橋へ。

4.D氏(夫)の事例
 自身は愛媛出身。妻は群馬出身。ずっと愛媛に家族で住んでいたが,一家全員で高崎へ。妻の実家の仕事を引き継ぐ。

5.Eさん(妻)の事例
 旦那は千葉出身。妻は群馬出身。自身の実家近くに家をたてる。

6.Fさん(妻)の事例
 夫は松井田出身。妻は渋川。吉岡に家をたてる。
 

まだまだ聞いた覚えがありますが,
忘れてしまいました。
もちろん限られた人間関係ですので,
近視眼的な見方ですが,
作業仮説としては悪くないと思います。

つまり,妻個人が強いのではなく,
妻の実家がバックにいることが
「かかあ天下」を作ったのではないかということです。
ただし,これは夫にとって悪い話ではなく,
どこでも婿殿として大事にされていると思います。
まあ「マスオさん」というやつですね。
(サザエさんの中でマスオさんが大事にされているかは
しりませんが)
共通項としては,婿入りではないこと。
どこでも姓は夫の姓というのが特徴です。

あとは,これは群馬出身の妻と
他県出身者の夫だけにかぎらず,
群馬県内同士の結婚の時にも
妻の実家に近いところに
住むことが多いように思います。

問題は,
この仮説をどのように証明するのか?
とりあえず,群馬県では
妻の実家に近いところにすむ
割合が高いことを演繹的に示すことが
必要でしょうね。
そしてそれが正しいのであれば
いつからそのような状況が続いているのかを
考える必要がありそうです。
最近の話だけなら「かかあ天下」の理由には
ならないと思います。

もしかしたら女性が働くことを肯定的に捉える風土が
このような家族関係になったのかもしれませんし。

皆さんも身近にこのような事例がありましたら
お知らせください。

#上の仮説とは全く関係ありませんが,
太田市尾島にある満徳寺(縁切寺)があるせいかもしれませんが。
満徳寺にある訴えを申し出た女性の出身地は群馬県や埼玉北部が
圧倒的に多かったのを思い出しました。


では,よいお年を。
来年もごひいきに。
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by kumakuma1103 | 2011-12-31 08:03 | 群馬の地理・温泉
帰省ラッシュの真っただ中
所用で東京駅へ。
まあものすごい人ごみ。

駅の本屋で
「日中国交正常化」(中公新書)を買って
車内で読んできました。

日米安保条約が
日本の守るべき最大の原則であり,
その枠組みから外れないように
日中国交正常化が図られたというのが
主たる論旨だと思います。

そのために,
いわゆる外務省内のチャイナ・スクールは
正常化の交渉には参加していなかったこと
むしろ,アメリカ・スクールが積極的に関与していたこと。
が述べられていました。
チャイナ・スクールというものが
日中国交正常化以前どのようなものだったのかが
示されていないので
よくわかりませんが,
ともかくチャイナ・スクールだと
中国の意向を反映しがちになるとの危機感が
外務省の上層部や首相周辺には
あったようです。

車内では別のやるべき仕事を
持って行っていたのですが
全然できませんでした。
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by kumakuma1103 | 2011-12-30 20:25 | 雑記

高崎散歩佐野編

一日中年賀状と格闘。

午後大体印刷がすんだので,
自転車で散歩。
烏川へいってみました。
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神社から川に向かって急に下がります。
烏川の旧河道です。
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旧河道の中の住宅
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このあたりは旧河道と現烏川の間に小高い丘があります。
これを還流丘陵といいます。
そこにでていた露頭。
マトリクス(基質)支持の礫層なので,
泥流堆積層でしょうね。
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烏川へ
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帰りの道で上信電鉄
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秩父巡礼の道しるべ
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琴平参詣道入口
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高崎駅東口近くにある結婚式場の駐車場に
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by kumakuma1103 | 2011-12-29 18:07 | 群馬の地理・温泉

スキー

先日,スキーをしてきました。
群馬に来てから初。
広島の時にも院生の頃に
行ったきりなので
おそらく10年ぶりぐらい。

いったところは,
片品での地理学実習でとまった
ペンションから上にあがった
オグナほたかスキー場。


沼田市街も雪化粧。
生枝の交差点からの撮影。
「なまえ」の読み方でよかったようです。
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スキー場の様子。
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カープ坊やは人生初のスキー。
少し僕が教えようと試みましたが,
教え方がわからず戸惑ったため,
午後からスキー教室へ行かせました。
習うと違うもんですね。
2時間ばかりでともかくすべれるようになっていました。
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さて,自分はというと,
1回おもっきりこけましたが,
あとはだいたいすべることができました。
ただ上級者コースは急こう配が危険なので
やめて,中級者コースを制覇。

雪質がさらさらでいいですね。
広島だとアイスバーンのところが多くて
怖い思いをしましたが
それはなかったです。

ところで,このスキー場。
あまり人がはいっていない印象を持ちました。
沼田ICから離れているからか,
施設が古くなっているからか?
そもそもスキーやボードをやる人口が減っているからなのか?

昼に食べた食堂では,
おば様方がたくさん働いていました。
あとは各リフト乗り場にもおじ様方が。
農閑期の片品村民の冬の雇用に
役立っているんだなと眺めていました。

次回からはボードに
チャレンジしようと思います。
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by kumakuma1103 | 2011-12-29 06:36 | 雑記

講演会の試し

先週の木曜日の授業は
自然地理学がありました.
本来なら扇状地の地形をやる予定.
玉村の講演会の準備が前日にできたので,
変更して講演会の内容をそのまま
話してきました.
まあ,台地と低地の地形の話も
入っているので自然地理なんです.
と力説しておきます.

受講生の批判的な意見を(数字は同じ意見をもつ人の数).

最後の方が作業が全くなく疲れる
スライドはわかりやすいが資料番号を入れた方がよい4
角淵は「つのぶち」と読む
地図の作業が相変わらず難しい
(相変わらずって...)
少し早口で理解しにくいところがある2
資料の文字をもう少し大きく
地図の中から地名を探すのは難しい4
資料が多すぎる
貝原益軒は「かいばらえきけん」と読む
進行が早すぎる.

上記を改善して臨みたいと思います.
話の内容自体は好評だったと思います.

この授業の後,玉村へ.
高崎駅でSさんと遭遇.
玉村づくしの一日でした.
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by kumakuma1103 | 2011-12-26 08:50 | 授業

あの人を探して

新年早々玉村での話は
ほぼ準備完了.
ところで玉村では
この写真を示したいと思っています.
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広島から群馬に来るときに出会った
初群馬県民.
出会った場所は霧ヶ峰高原.
遠くに浅間山が写っています.
野外にふさわしくないケロちゃん.
右の群馬県民の方が,
連れてきていました.
このお方,
はっきりと玉村からきたと
おっしゃいました.

「かなりあやしいでしょう」と
自分からおっしゃっていましたが,
間違いなく怪しいですね.
といいながら写真を撮ってもらいました.

講演会では,
この人に関する情報もぜひ手に入れたいです.
そしてまた会いたいです.
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by kumakuma1103 | 2011-12-22 00:12 | 雑記
今日は5枚ぐらい図表をつくりました.
その一つ.
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今日で玉村仕事終わらせて,
インド仕事を一気にやります.
ブータン仕事も合間に.
年末年始は再び太田仕事を.
しかしテーマと場所が全く違いますな.
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by kumakuma1103 | 2011-12-21 22:44 | 街道・用水と地形

「中世を道から読む」

「中世を道から読む」齋藤慎一 講談社現代新書

 中世日本史を専攻した義弟から、上記の本を薦められたので、
さっそく読んでみました。

武将の氏名など細かいところは飛ばしながらよんだのですが、
面白さ半分、物足りなさも感じました。
著者が最も言いたいことの一つは、利根川の渡河に関する問題。
中世において利根川をどのように渡るかが
当時の東国の武将にとって重要な問題であったとしています。
読んでいると確かに渡河の問題が重要であることは納得しました。
結論として、著者は渡河を記した文献をまとめて、
河口部では橋、河口から中流に至る地域では舟橋、
中流域では橋、上流部では瀬によって
それぞれ渡河したと単純化した図式を示していますが、
地形屋からするとここが物足りない。

そもそも利根川は河川争奪が起こっているので、
中流域は他の河川とは大きく事情が異なっています。
本書では、玉村の福島がでてきますが、
まさに昨日作った図の場所です。
ということで図を見てみることに。
ここは利根川の川幅が狭いところの一番下流にあたります。
なので定常的な橋がかけるにはもっとも適した場所だと思います。
ただし、それを中流域の橋の代表例とするのはちょっと問題です。
河川争奪によって
このあたりはおそらく中世に
利根川本流となったところなので、
川の長い歴史からするとかなり新しい河道です。
小川の谷頭が利根川の本流にぶつかったため、
小川に向かって利根川本流の水流が流れ込んだのが、
いまの前橋から玉村の流れなのです。
川幅が狭いのは
そこを利根川本流が流れたのが短い期間だから,
それをもって中流域では橋で渡河することが多いという
結論付けるのは拙速だなと思うのです。

あとは,下流・中流というアバウトな地形用語ではなく,
デルタ帯,自然堤防帯,網状流帯という地形帯ごとに
どのような渡河が行われていたのかを整理したほうが
一般性があると思います。
少なくとも網状流帯は瀬を歩いて渡ると思います。


ただ,僕自身は文書には手が出せないので、
協力してやれば結構面白いことになりそうだなと感じました。

 あとは、佐野の舟橋が利根川にあるとしていますが、
これは間違い。
利根川支流の烏川にあるところですな。
前に自転車巡倹でいきました。

そのほか、碓氷峠のところも、
中世と近世が同じルートだったのかちょっと疑問ですね。
僕のイメージでは、中世は軍事の道、近世は商業の道と考えていて、
軍事の道なら少々悪路でも通行する回数が少ないので
できるだけ距離が短く比高が少ないとところを通過すると思っています。
中山道のルートは安全なのですが距離は長くなるので、
中世の道も中山道といっしょとするのはちょっと違うのでは思いました。
そもそも坂本宿も近世初期に造られた宿場ですしね。

 ところで今日は久しぶりにお師匠さんと会いました。
いつものように小言を頂戴しました。
こういう立場になるとありがたい限りです。
あいかわらずアクティブなので、
会うと学生に戻った気分です。
中世の道と地形の関係なんて言い出したら、
しょうもないことに首をつっこむなというあきれ顔をされそうですが。

でも福嶋の話は玉村の講演会でも話せそうなのでちょうどよかったです。
玉村の宿場の位置も中世の渡河する場所もふまえて
計画された可能性が高いということですので。
今日は少し飲みながら書いているので文章長めで、
支離滅裂になっているかも。
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by kumakuma1103 | 2011-12-16 21:32 | 雑記

玉村の1m段彩図

午前中は数値地図を試行錯誤
午後は授業+会議2つ.
その後午前中の作業を続行.
ほぼできました.
いい地図はいろいろアイディアが湧きますなと
自画自賛.

帰りますわ.
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by kumakuma1103 | 2011-12-15 20:36 | 街道・用水と地形

そうじ

午前中やります.
午後は明日の授業準備+玉村.
例の大発見は少しペンディングとしておきます.
実際にはみられなくなっているので
僕の考えが合っているという根拠もないし
そうでないという根拠もないしね.
今後の調査にかけるしかないと思いました.
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by kumakuma1103 | 2011-12-14 09:28 | 雑記