地形学の視線で見たこと,感じたこと


by kumakuma1103

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続ブータン日記6

 こちら夜8時。Ha君とシーズンズへ。前回のブータン滞在でもYさん、Kさん家族で何回かいったイタリアンの店です。Ha君に好きなように頼んだので、ナポリタンのパスタとトマトとハムのピザ。クリームソースのペンネが食べたいなぁと思いつつも彼の意向を尊重。でてきたパスタとピザにHa君、本当にうまいっすねを連発。僕もそう思います。


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パパイヤの生ジュース。あまりのドロドロさにストローから吸う力がかなりいったとのこと。


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料理を前にしたHa君。



ここのケーキもおいしいのですが、もう満腹ということでテイクアウト。
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朝出かけに食べることにします。買ったのは、チョコレートケーキと、チョコブラウニー。あとは、パパイヤの生ジュースに、缶と小びんのビールで、800ヌルタムちょっと。だいたい1600円ぐらいでしょうか。まあ日本だと、その倍はしますが、日本の店との差がった2倍しかないということは、現地ではかなり高級な店ということになります。



明日は4時半起きで、5時出発。もう更新はティンプーに帰ってからかもしれません。
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by kumakuma1103 | 2011-02-28 23:33 | ヒマラヤ | Comments(2)

続ブータン日記5

 さきほどDGMから戻ってきました。今夕方5時半。Ha君は疲れたのか仮眠中。今日は、同行するJ君、Kさんと調査の打ち合わせ。続いてプロジェクトリーダーに挨拶。いつも好意的に接していただいています。その後は、空中写真とGoogle earth画像をみながらどのように調査をするか机上で検討。


 今日は2月最後の日。明日からは公的機関では夏時間となり、9時から5時までの勤務とのこと。今日までは9時から4時。こちらの昼休みは午後1時から。慣れてない僕は12時ごろには空腹で仕事がはかどらず。あと、プロジェクトの部屋も北向きで寒いため、日のあたるところでしばらく暖をとっては作業に戻るという感じ。カメの甲羅干しですな。日差しは低緯度の強いもの。すぐに温かくなります。



 昼食は、Sさん、Kさんらとタイ料理屋。Ha,君はすでにいじられキャラとなり、彼が目をつぶって指差した料理を頼むことに。
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選んだのが、激辛レッドカレーでだれともなしに頼むのをやめました。



Sさんに白米をサーブされるHa君。
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 午後も同じく明日の調査の机上検討。行く前に調査する場所とそこでやることをリストアップしておくと効率よく調査ができます。仕事は、行く前に実はほぼ終わっているんですね。頭の中である程度話を組み立てておかないと、広い現地に立った時呆然とすることになります。




 最後に、Yさんと打ち合わせをして、ホテルへ戻りました。明日は朝5時過ぎに出発する予定。最低6時間。土砂崩壊による道路封鎖がもしあればどのくらいかかるのかは未知数。まあ夕方にホテルに着けばというところでしょうか。

 


 部屋の窓からのぞくと、隠れて煙草をすう一団を発見。最近ブータンでは公共でたばこを吸うことが禁じられたそう。みていると、一本の煙草を3人で回し飲み。たばこを吸えなくなるぎりぎりまで吸っていました。
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by kumakuma1103 | 2011-02-28 21:08 | ヒマラヤ | Comments(0)

続ブータン日記4

こちら8時。朝食。マーケットで買ったパン、お茶、バナナ、パパイヤ、(Ha君の)コーラ
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by kumakuma1103 | 2011-02-28 11:12 | ヒマラヤ | Comments(0)

続ブータン日記3

朝7時半。Ha君は風呂で洗濯を。手で洗う洗濯は人生初らしいです。僕が洗っているのをひとしきり観察していました。
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さあ、今日はDGMで明日からのフィールド調査の打ち合わせ。
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by kumakuma1103 | 2011-02-28 10:31 | ヒマラヤ | Comments(0)

続ブータン日記2

 今朝5時。そういえば、今泊っている部屋は、前回の部屋の真下なので間取りは同じ。変わり映えがありません。


 その後、皆さんと別れてHa君と週末しか開いていない野菜市場へ。前に来た時と雰囲気は同じで活気にあふれていました。
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すこし野菜売り場を流した後、野菜市場から川を渡り対岸にある衣料品売り場で、Ha君の長そでシャツを購入。フィールド周辺はブラマプトラ平原近くなので気温が30度近くになります。ただ、フィールドは暑くても長袖が基本。
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野菜市場と衣料品売り場を結ぶ橋。
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再び野菜売り場へ戻ってきて、果物を購入。
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パパイヤ、ミカン、バナナなど。前来た時は雨期でしたので、2階のローカル野菜売り場がにぎわっていました。今は乾期でろくな野菜がなく、むしろ1階のインドからの輸入野菜売り場に人がワラワラしていました。あとは、ナイフ、シャンプー、お茶などを買ってホテルへ。



7時過ぎに、再びほかのメンバーに合流して夕食に行きました。ついて初日ですが日本食。焼きナス、うどん、厚揚げ、焼き餃子など。SさんにからまれるHa君。
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 Sさんとは、実は10年以上前、カトマンズの焼き鳥屋で一緒に飲んだことがあります。というか僕自身は焼き鳥屋に行った記憶はかなりあるのですが、Sさんといったことを忘れていました。Sさん失礼しました。




夕食後は社会見学を少しばかり。




そういえば、ブータンに肉なし月があるようで、ちょうど今その月の最後あたり。なぜそのような月があるのかはわかりません。外国人が立ち寄るレストランとかでは普通に食べられますが、ちょっと心配ですね。
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by kumakuma1103 | 2011-02-28 08:17 | ヒマラヤ | Comments(0)

続ブータン日記1

半年のブランクをへて再び、ブータン出張になりましたので、続ブータン日記としてブログを書きたいと思います。今回はフィールドへでるので毎日更新できるかは不明です。今現地時間6時。3時間遅いので日本では9時。特に大きなトラブルもなくブータンにくることができました。昨夜のバンコクの話もあるのですが、まあなしということで。今回はひとり旅ではなく、自費で同行するHa君も。なので彼が写っている写真が多くなりそうです。彼は、海外旅行初めてだけでなく、飛行機に乗るのも初めて。初フライトがブータンってかなりレアですな。

 着陸直後の写真。
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迎えに、Yさんが空港まできてくれていました。同じフライトに、氷河を研究するN大学の大学院生も同乗していたので、一緒にティンプーへ。その後、地質鉱山局へ行き、前の滞在でもお世話になったKさんと、Sさんらとともに、プラムズカフェで昼食。もちろん前に食べたジンジャーライスを食べました。自分で何回かつくるんですが、まあコメが違うのでこんなにおいしくできないんですよね。


Ha君撮影のブータン料理、唐辛子入りのクリームシチュー。
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とりあえずここまで。地質鉱山局(DGM)内でのスナップ写真。
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これから夕食です。
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by kumakuma1103 | 2011-02-27 21:33 | ヒマラヤ | Comments(0)

五料の写真と分間延絵図

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by kumakuma1103 | 2011-02-24 11:53 | 街道・用水と地形 | Comments(0)

一里塚の話の備忘録

その後の調べで初期中山道が上里町金久保を通って玉村経由であったことがわかったので,
以下の記事は間違いです。2012.1.6追記
わすれそうなので書いておきます.
僕が勝手に推測した初期中山道の一里塚の位置と,
例幣使街道分間延絵図に描かれた一里塚の位置が
500mぐらいずれている件です.
おそらく合理的な解釈ができそうです.
結論からいうと,僕が推定した初期中山道が本庄宿を通らずに,
本庄手前の傍示堂から自然堤防上に八丁河原まで繋げていたのがおそらく間違いです.
初期中山道を本庄宿経由にすることで,
本庄宿の一里塚を通過した後,元小山川を再び渡河して八丁河原に至ることになる
→そうすると,距離が延びるので,一里塚の推定位置はより東側に移動することになり,
500mのズレもうまく解決するかもしれません.
僕が本庄宿を通過させなかったのは,元小山川を
二度渡河させるのが嫌だったからという
不純な動機からですが.

きちんと図上で計測するのが面倒なので,
ブータンから帰ってからになりそうです.

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by kumakuma1103 | 2011-02-23 21:36 | 街道・用水と地形 | Comments(0)
最後は,八丁河原へ.
八丁河原は,初期中山道が烏川を渡河する場所にあたります.
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人気の少ないところでした.雰囲気としては,佐渡奉行街道の萩原町に近い感じ.

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やっぱり江戸初期に関係していますな.


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八丁河原の集落の先から
烏川と対岸の玉村五料をみる.そういえば,大学院のゼミで対岸にいったことがありました.写真があるはず.


 玉村経由だと4kmほど新町経由よりも長いというのは,前の記事で書きましたが,実は玉村経由だと地形的には安定していることはいえます.八丁河原までは自然堤防沿いで,烏川を渡ればあとは前橋泥流堆積面になります.とりあえず,巡検の話はこれでおしまい.
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by kumakuma1103 | 2011-02-23 21:29 | 群馬の地理・温泉 | Comments(0)

一里塚の謎リターン

その後の調べで初期中山道が上里町金久保を通って玉村経由であったことがわかったので,
以下の記事の一部(五料を初期中山道が通るという部分)は間違いです。2012.1.6追記


まずこの記事(こちら)を読んでから以下をお読み下さい.

県立図書館で借りていたビデオを返すついでに,
例幣使街道分間延絵図をざっとみてきました.
大学図書館に中山道の分間延絵図があるのに,
例幣使街道のそれはないんですね.
ただ県立図書館の例幣使街道分間延絵図(第一巻)も,
付属の解説編はなくなっています.
さて,第一巻の倉賀野から木崎宿までを眺めて
わかったことは以下の通り.
「猪野川(井野川)の左岸にのみ一里塚が描かれているが,あとは街道沿いに一里塚は描かれていない.」ということ.
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(例幣使街道の分間延絵図は上が南)
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拡大したもの.

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矢印の先のあたりが分間延絵図に描かれている一里塚の位置.描かれた一里塚が,例幣使街道の一里塚ではなく玉村経由の初期中山道に設置された一里塚を示すのではないかというのが僕の主張です.ただ,推定した位置と描かれた一里塚の位置は500mぐらいずれていますので,今のところよくわかりません.ずるい手ですが,この一里塚を考慮しながら計測するとうまくいくのかもしれません. 逆に,なぜ,ここだけしか一里塚がないのかという疑問が湧いてきます.この疑問は僕の説には都合がよいようです.要するに初期中山道の一里塚だから,初期中山道と例幣使街道がオーバーラップしているところだけに存在すると考えるわけです.そうすると,五料関所あたりにも別の一里塚が必要なのですが,それは描かれていませんので,僕の解釈もややご都合主義です.

とまあ,歯切れの良い説明にはなりませんが,今日の成果です.

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by kumakuma1103 | 2011-02-22 18:59 | 街道・用水と地形 | Comments(1)