地形学の視線で見たこと,感じたこと


by kumakuma1103

カテゴリ:街道・用水と地形( 54 )

書くのが面倒になったので
写真のみ。
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やっぱり中山道の方が楽しそうですな。
無理矢理,東海道をアピールしていますが,
それを思い起こさせる建築物や施設がないのが
仕方ないとはいえ,残念です。
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by kumakuma1103 | 2016-08-27 09:43 | 街道・用水と地形 | Comments(2)
 あと,おもしろいと思ったのは,
六郷川(多摩川)に家康は当初橋を架けたと書いてあること。
その後洪水で橋が流された後は,架橋しなかったとあります。

これが事実なら,東海道がよこぎる大きな川で架橋しなかった理由として,
江戸の守るためにあえて架けなかったというよりも,
単に洪水に耐える橋を架ける技術がなかったという方がしっくりきます。

個人的な思い出ですが,
多摩川の梨狩りへ幼稚園児の時に親に連れて行ってもらったのですが,
ここがその梨園の発祥なのか。
梨園にはやたらと蝉がいたのを思い出します。
多摩川の自然堤防や砂州に梨園があったのだと思います。
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by kumakuma1103 | 2016-08-27 09:39 | 街道・用水と地形 | Comments(0)
 解説文を読むと,もともと高いところにさらに盛り土をしたとのこと。
それはありうると思います。
多摩川のたもとなので洪水対策ですね。
中山道の河渡宿のように。
田中休愚という人はどこかで勉強したような気がしましたが,
どこで習ったのかを忘れてしまいました。

 看板をみると,ここ川﨑宿では助郷制度がかなり疲弊しているのがわかります。
どうしても中山道と比較してしまいますが,
中山道はそこまでの疲弊はないので,
往来の多さ,多摩川の川留めにともなう拘束期間の長さによる
徴用された近隣住民の不満などが著しかったのかもしれません。

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間口が狭く,奥行きが長い街道筋の地割りを反映したマンション
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by kumakuma1103 | 2016-08-27 09:35 | 街道・用水と地形 | Comments(0)

東海道川﨑宿を歩く

川﨑にいます。
東京にて6日間仕事で,東京に連泊できるホテルがなかったので,
川﨑駅前のホテルに泊まっています。

2日間,冷房の効いた部屋に居続けたため,
運動したくなりと朝歩くことにしました。

もちろん,歩くのは東海道,江戸から2番目の川﨑宿。
ホテルに行くまでの間に,1m程度登ってすぐに下がるところを横切りました。
浜堤だろうなと思ったら,一番高いところに東海道の看板。
これが気になったので,今朝はそこを歩いて行きます。
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by kumakuma1103 | 2016-08-27 09:33 | 街道・用水と地形 | Comments(0)

水系から村の歴史を探る

先日群大に行ったとき,
廃棄書籍置き場に一冊の冊子があるのが
目に止まりました.

日本の歴史別冊「都市と景観の読み方」

持ち帰ってパラパラ読んでみると,
「水系から村の歴史を探る」という文章に
常々思っていたことを実証的にされていて
ものすごく感激しました.
フィールドは信州安曇野,
扇状地の地形と用水路のパターンの話.
ただそれだけでなく用水路のパターンの違いから
それぞれの用水路の歴史まで推定されています.
この文章を書いている方は石井進さんですが,
実際の調査をされているかたは小穴喜一さんという
地元の教員をされていた方.
すでにお亡くなりになっているようですが.
のせられていた図がすごい.

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群馬の扇状地における用水路パターンと全く違っています.
これが地形(勾配)の違いなのか,
時代の違いによるのか.
今は圃場整備が進み,
このパターンを読むことは不可能です.
ただ,米軍写真を使えばなんとかなるかも.
あとは,標高データが揃ってきたので
微地形の検討は今の方が良いですな.

昨年安曇野行ったのですが,
今思い返せば,至る所に用水路が
張り巡らされていました.

この文章の最後の一文には
心動かされるものがあります.
「せめてこれを手がかりとして,
全国各地になお無数に残る
用水路の語る歴史に耳を傾けられんことを願うのみである.」
小穴さんの書籍もあるようなので
近々入手しようと思います.


「日本用水路紀行」って楽しそうだな.

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by kumakuma1103 | 2014-02-08 05:04 | 街道・用水と地形 | Comments(2)

塩名田付近の千曲川

中山道の宿場塩名田宿付近の千曲川
北から南を撮影.
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左が塩名田宿,右が御馬寄.

撮影した場所は,長野新幹線の車窓.

ちょうど中山道が千曲川を越えるところを
撮りたかったので
ずっとカメラを構えていました.

どうしてここで中山道が千曲川を越えるのか?
地形的な理由がありますが,
ブログで書くのが面倒なので省略.

明日の初等科社会と自然環境論の授業準備完了.
中山道は軽井沢までやってきました.
今年こそは,曲がりなりにも
日本橋までたどり着こうと思います.
三条大橋から日本橋までがテスト範囲になるので
受講生の方が大変だと思いますが.
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by kumakuma1103 | 2013-07-08 21:40 | 街道・用水と地形 | Comments(0)

前橋台地と用水路の地図

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群馬県中部の用水路の特徴として、
1.江戸時代初期につくられたものが多い
2.台地上を涵養するものが多い
3.長さ10kmをこえる大規模なものが多い
が挙げられます。

代表的なものが、
・天狗岩用水
・長野堰用水
・広瀬桃木両用水です。

前橋市や高崎市の小学校では、
地域学習の一環で、
それぞれ天狗岩用水・長野堰用水を学びますが、
地形の関係までは触れられていないようです。

ただ、用水路開削の目的は、
「台地上で稲作ができるようにすること」
なので、地形の概略と用水路の位置図が
あったほうがよいと思っていました。

ということで、明日の自然地理の授業のため
半日かけてつくってみました。
地形は「県史」から、
用水路は「歴史的農業用水」を参照しています。


単純ですが、
こういう図はいままでありませんでした。
等高線をいれるとさらによいと思いますが、
まあ面倒なので。

使いたい方はご連絡ください。

しかし、なぜ前橋市では
天狗岩用水を学ぶんだろう。
広瀬桃木両用水の方がいいとおもいます。
群馬総社はもともと高崎藩だし。
つくったとされる人物がはっきりしているからか?
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by kumakuma1103 | 2012-11-21 12:19 | 街道・用水と地形 | Comments(2)

表紙の写真選び

古い写真をみていると、
懐かしくなりますな。
本の表紙はカラーがいけるので、
今のところ
下の写真のどれかを考えています。
学生さんがうつったほうが
いいかなと思っています。
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2010倉賀野新町巡検


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2012横川松井田巡検


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2011安中高崎巡検


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覗きから坂本宿


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2009軽井沢坂本巡検

今のところ碓氷関所かな。
Ya君とMa君はこちらを向いていたので
トリミングしてカット。

編集の方にも相談してみます。
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by kumakuma1103 | 2012-11-13 19:47 | 街道・用水と地形 | Comments(0)

沼田の段丘面上の用水路

N高校での講義の前に,
時間があったので沼田城下の飲料水となっていた
城掘川をさかのぼることに。

かなり最上流のところ(地点1)。ここだと自然の川がつくった広い開析谷の中。
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ここも同様(地点2)
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左馬允橋(地点3)
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看板下の石が昔の橋だったのか?
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地形と用水路の関係からいうと,ここから開析谷から分かれて段丘崖を等高線に沿って進みます。なので,ここから下流は地形を無視した用水路らしい地域になります。
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用水路脇の木々の紅葉がきれい(地点4)
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用水路沿いの針葉樹の並木(地点5)。
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この並木は少なくとも戦前からあります。それは米軍の空中写真でも立派な並木が写っているから。おそらく用水路が整備されてからずっと植えられていたのではないでしょうか。

その理由は,火山灰などローム層を水路に入れないようにするためか。しかし落ち葉はどうなるのだ?水路に落ちるのは水が流れなくなるし,衛生的にもよくないはず。
用水路沿いを眺めて気付いたのは,並木の多くは水路の南側に多く植えられていること。
昔から南側に多く植えられているのかあるいは北側の木は切られたのか?

もしもともと南側に植えられているとしたら結構面白いかも。
単純に考えると,北西季節風をよけるなら水路の北側に植えた方がいいんじゃないかと思う。
しかしそれだと,風にあおられて落ち葉が水路にたまる。
一方水路南側にだけ植えておけば,落ち葉の多くは水路に落ちずに並木の南側に落ちる。
あるいは,夏の日差しの日よけのためか?
飲み水だから水が熱くなるとよくなさそうだし。

ぶつぶつ書きましたが,本当のところは不明。
知っている方教えてください。


新滝坂川と城掘川との分岐(地点6)。
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廃川に近い城掘川跡
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城掘川の上をまたぐ用水路(地点7)。
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またいでいる用水路は細い割に水量が多かったです。一部は城掘川にも流れていました
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最後は街中(地点8)
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この用水なくして沼田の発展はなかったといえます。

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by kumakuma1103 | 2012-11-10 23:15 | 街道・用水と地形 | Comments(0)

天狗岩用水

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by kumakuma1103 | 2012-07-23 13:38 | 街道・用水と地形 | Comments(0)