地形学の視線で見たこと,感じたこと


by kumakuma1103

『青淵』への寄稿

「青淵」808号 pp18-20に,
「人はどう峠を越えてきたのか? 中山道と碓氷峠の地形の関係から」を寄稿しました.
内容としては,ブラタモリで話した内容に,
放映されなかった内容を追加したものです.

ところでこの「青淵」とは
渋沢栄一の号からきています.
渋沢栄一記念財団発行の雑誌です.

ちなみにこのブログでも
渋沢栄一の話はでています.
こちらこちら
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Commented by tanetane at 2016-06-28 22:21 x
ご拝読させていただきました。大変勉強になりました。
江戸防御の側面が強く押し出されがちな中山道ですが、江戸防御のニュアンスと江戸と地方のへの人・物資の往来の促進のニュアンスの両側面から中山道(街道)は捉えなければいけないと思いました。
防御と人・物資の往来の両側面のバランスを考慮した結果、中山道の今の位置での整備が行われ、溶岩台地上の立地と坂本宿の整備が進んだのですね。
Commented by kumakuma1103 at 2016-06-29 09:34
 攻める際に通れる峠は,碓氷峠だけでなく田口峠,内山峠などいろいろあります.なので中山道をわざと厳しい道にする必要はないと思っています.ただし,前に話をしましたが,用水路をわざと段丘を削って通しているので,坂本宿を防御の拠点として考えていたとは思っています.
by kumakuma1103 | 2016-06-27 21:43 | 中山道 | Comments(2)